津和野文化ポータル

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  1. 堀田仁助

堀田仁助 ほった にすけ Hotta Nisuke(1745-1829)

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伊能忠敬の日本地図作成のさきがけ

 広島藩廿日市(はつかいち)にあった津和野藩(つわのはん)蔵屋敷(くらやしき)で生まれました。幼いころから数理的才能に優れていたので、15歳で役人に採用されました。その後、才能を認められ、津和野城下で勤めながら、数学を学びました。さらに、江戸へ出て関流数学を学んでいたところ、その才能を幕府に認められて、幕府天文方に補佐として勤めることとなりました。幕府天文方では暦の製作などをおこなっていましたが、1799年に幕府の命令で江戸(今の東京)から北海道の間の海路図を作りました。北海道の測量はこのときに堀田仁助が初めて実施したことになり、間宮林蔵(まみやりんぞう)の樺太探検(からふとたんけん)や、伊能忠敬(いのうただたか)の日本地図作成のさきがけとなるものです。晩年になると幕府をやめて津和野に帰り、後輩の指導に当たりました。

 堀田仁助は、地図以外にも天球儀(てんきゅうぎ)・地球儀(ちきゅうぎ)を製作しており、江戸時代の科学技術を知ることのできる貴重な資料として島根県の有形文化財に指定されています。

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